目次
0.DV被害から身を守るDV防止法が改正
信じていた配偶者やパートナーから暴力を受けた時に感じる恐怖は計り知れないでしょう。さらに、DV(ドメスティックバイオレンス)を受けたことを誰かに打ち明けるのは、とても勇気のいることです。
配偶者からの暴力に悩んでいる場合、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」(DV防止法)にもとづき、保護命令を申し立てることができます。保護命令が発令されるとDVの加害者は、被害者への付きまといなどが禁止され、違反すると懲役や罰金などの刑罰が科されます。
DV防止法の改正法が2024年4月から施行され、保護命令の対象者が拡大されたほか、違反者に対する罰則が強化されるなど、制度の充実が図られました。このコラムではDV保護法の改正ポイントについて、離婚問題、男女トラブルに詳しい弁護士が丁寧に解説します。
配偶者による悪質なDVからご自身の身を守るためにも、ぜひ一読ください。問題解決の後押しになること、新たな一歩を踏み出すきっかけになることを願っております。
1.DV防止法・保護命令とは?
DV防止法は性別に関係なく、配偶者やパートナーから暴力などの被害にあった人を守るための法律です。正式名称は「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」ですが、一般的には「DV防止法」と呼ばれています。
DV防止法によりDV被害に苦しむ被害者は、自身の身を守るための手段として、保護命令を裁判所に申し立てることができます。主な保護命令として接近禁止命令と退去命令があり、申し立てが認められると発令されます。
- 接近禁止命令
DVの加害者に対し、被害者の身辺を付きまとうことや、住居や勤務先付近を徘徊することを1年間禁止する。 - 退去命令
DVの被害者と同居している加害者に対し、住居から退去することを命じ、その住居付近での徘徊を2か月間禁止する(退去命令の対象となる住居について、被害者のみが所有または賃借している場合は、6か月間)。
ただし、これらの命令が発令されただけでは、加害者からのメールや電話、手紙による一方的な連絡、子どもや親族への接近などを禁止できません。これらの行為を禁止して欲しい場合は、次の保護命令を申し立てることができます。
- 電話等禁止命令
- 子への接近禁止命令
- 子への電話等禁止命令
- 親族等への接近禁止命令
なお、これらの保護命令は単独で発令されるものではありません。接近禁止命令の発令と同時か発令後に、これらの保護命令も発令されることになります。
2.DV防止法の改正で保護命令制度が充実
DV防止法は2001年の成立から複数回の改正が行われ、被害者をより手厚く保護するために制度の充実が図られてきました。
しかし、従来のDV防止法は、生命または身体に対して行われる暴力や脅迫から保護することを前提としている点が問題視されていました。
たとえば、加害者の高圧的な態度や発言によって被害者の自由がコントロールされた結果、身体だけではなく精神面でも不調をきたすことがあります。実際、内閣府のDV相談窓口である「DV相談+(プラス)」に寄せられた相談内容としては、精神的DVが最も大きな割合を占めています。
出典:男女共同参画白書 令和5年版(内閣府)を加工して作成
このような問題点に対応するため、保護命令の申し立てができる対象行為や被害者の拡大などを盛り込んだDV防止法が2023年に成立し、2024年4月から施行されました。主な改正点をご紹介します。
2-1.接近禁止命令の対象者と発令要件が拡大
従来のDV防止法では、接近禁止命令などの対象を身体的DVに限定していました。法改正により、生命身体への脅迫や暴力、経済的虐待も保護の対象となり、これまで対象ではなかった被害者も申し立てができるようになりました。
【改正前】
- 配偶者からの身体に対する暴力を受けた者
- 生命または身体に対する加害の告知による脅迫を受けた者
【改正後】
- 配偶者からの身体に対する暴力または生命、身体、自由、名誉、財産に対する脅迫を受けた者
また、接近禁止命令の発令要件の内容も、併せて次のように拡大されました。
【改正前】
- 配偶者からの更なる身体に対する暴力により身体に重大な危害を受けるおそれが大きいとき
【改正後】
- 更なる身体に対する暴力または生命、身体、自由、名誉、財産に対する脅迫により、生命または身体に対する重大な危害を受けるおそれが大きいとき
なお、どのような「脅迫」が接近禁止命令の対象となるかは、個別の事案ごとに裁判所が証拠にもとづいて判断しますが、下記のような行為が該当すると考えられます。
種類 | 行為 |
---|---|
自由に対する脅迫 | 外出しようとすると怒鳴る 土下座を強制する |
名誉に対する脅迫 | 性的な画像をネットに拡散するなどと告げる 悪評をネットに流して攻撃すると告げる |
財産に対する脅迫 | キャッシュカードや通帳などを取り上げると告げる |
発令要件の一部である「心身に対する重大な危害」については、うつ病、適応障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの通院加療が必要な症状のことを指します。保護命令を申し立てる際は、被害を受けたことにより通院加療を要する症状が出たことを診断書などにより立証する必要があります。
2-2.接近禁止命令期間の延長
接近禁止命令などの有効期間について、従来は6か月間でしたが有効期間を過ぎても加害者から危害や脅迫などを受けるおそれがあると指摘されていました。また、平穏な生活を取り戻すまでの準備をしたり、離婚に必要な法的手続きを進めたりする期間としては短いという声もあがっていました。
これらの問題点に対応するため、命令の有効期間が6か月から1年に延長されました。
また、退去命令の有効期間は原則2か月ですが、被害者だけが住居を所有または賃借していた場合、申し立てにより退去命令の期間を6か月に延長できる特例が新設されました。
2-3.電話等禁止命令の対象となる行為の追加
電話等禁止命令は、電話などで面会を要求したり、監視していることを伝えたり、暴言を吐くことを禁止するための命令です。
この点、スマートフォンの普及に伴いSNSでやり取りする機会が増えるなど、新たな連絡手段や通信手段の登場に対応するため、次のような行為も電話等禁止命令の禁止行為に追加されました。
- 無言電話や緊急時以外の連続した文書・SNS等の送信
- 緊急時以外の深夜早朝(22時~6時)のSNS等の送信
- 性的羞恥心を害する電磁的記録の送信
- 承諾を得ないでGPSを用いた位置情報の取得
2-4.子への電話等禁止命令の創設
電話等禁止命令は被害者を対象としているため、子どもに対する連絡は禁止されません。より被害者を手厚く保護する観点から、被害者と同居する未成年の子どもに対する電話等禁止命令も創設されました。
接近禁止命令の要件と下記2つの要件を満たすことで発令されます。
- 子どもと配偶者の面会を余儀なくされることを防止する必要がある
- 15歳以上の子どもについては同意がある
なお、被害者への電話等禁止命令と、子どもへの電話等禁止命令とでは、対象となる禁止行為が一部異なります。
2-5.子への接近禁止命令・電話等禁止命令に取消し制度を新設
子への接近禁止命令と電話等禁止命令の有効期間も1年間であり、期間中に養育環境が変化する可能性があるため、取消し制度が新設されました。
接近禁止命令の発令から6か月以降など一定期間を経た後、子への接近禁止命令や電話等禁止命令の要件を欠いた状態になると、申し立てにより命令を取り消すことができます。
要件を欠いた状態とは、たとえば、被害者と子どもが同居しなくなった場合や、15歳以上の子どもが命令の取り消しを望んだ場合などが考えられます。
2-6.命令違反に対する厳罰化
今回の法改正により、保護命令に違反した場合の罰則が強化されました。改正前は、1年以下の懲役または100万円以下の罰金でしたが、法改正により2年以下の懲役または200万円以下の罰金となりました。
配偶者暴力相談支援センターや警察に多くの相談が寄せられる一方、加害者からの復讐を恐れて事件化に消極的な被害者も少なくありません。実際に命令違反も発生しているため、罰則強化により保護命令の実効性が高まることが期待されます。
3.DV被害者の相談窓口
DVの被害者が相談できる機関には複数の窓口がありますが、保護命令の申し立てを検討している方は、次の2種類のいずれかに相談しましょう。保護命令の申立書に、これらの機関に相談した事実を記載することが原則だからです。
- 配偶者暴力相談支援センター
各都道府県に設置された女性相談支援センター(婦人相談所)や男女共同参画センターなどが、配偶者暴力相談支援センターの機能を果たしており、カウンセリングや一時保護など、被害の状況に応じてさまざまな支援を受けられます。 - 警察署
生命や身体に危険を感じるほどの暴力は、加害者が配偶者であっても立派な犯罪行為です。迷わず警察署に通報したり、逃げ込んだりするなど、身の安全を確保しましょう。
このほか、内閣府が運営する「DV相談+(プラス)」は、電話やメール、チャットで相談が可能で、電話とメールは24時間、相談を受け付けています。また、全国共通の電話番号「#8008」(DV相談ナビ)に電話すれば、配偶者暴力支援相談センターなど最寄りの相談機関に繋がります。
また、民間のNPO法人や社会福祉法人などが運営するDVシェルター(一時保護施設)に避難することを検討してもよいでしょう。
4.DVでお困りの方、専門機関にご相談を
DV被害でお困りの方は1人で悩まず、まずは警察や配偶者暴力相談支援センターなどに相談するようにしましょう。保護命令を申し立てて、裁判所が命令を発令するか判断する際、相談した事実が重要になるからです。
家族や友人が申し立てを代わることができないため、自身で手続きを進めるのが困難な場合、弁護士に依頼することをおすすめします。弁護士であれば必要な書類の作成方法やDVを受けた証拠の集め方などをアドバイスするだけでなく、本人の代理人として申し立てることが可能です。
また、保護命令の有効期間中に離婚したいと考えている場合や、DVを受けたことへの慰謝料を請求したいと考えている場合も弁護士に依頼しましょう。暴力を振るうような相手と直接話し合う必要がなくなるため安全を確保できますし、スムーズに交渉を進められることが期待できます。
弁護士法人プロテクトスタンスでは、慰謝料・離婚・男女トラブルなどの問題についてご依頼を数多く受けており、解決実績が豊富です。所員一同、最後まで全力でサポートいたしますので、安心してお任せください。
5.DV防止法の改正の歴史
DV防止法は2001年、配偶者からの暴力の防止と被害者の保護を目的として成立し、保護命令制度の創設などが行われました。その後、複数回にわたる改正を通じ、制度の拡充などが図られてきました。
これまでどのような改正が行われたのか、主な改正内容をご紹介します。
改正年 (施行年) | 主な改正内容 |
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2004年 (2004年) |
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2007年 (2008年) |
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2013年 (2014年) |
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2019年 (2020年) |
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2023年 (2024年) |
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6.今後の課題はデートDVへの対策
DV防止法によって保護されるのは、あくまでも同居する配偶者(元配偶者)やパートナーからの被害者が対象です。同居していない交際相手からの暴力や暴言(いわゆる「デートDV」)はDV防止法では保護されません。
内閣府の「男女間における暴力に関する調査(令和5年度調査)」によると、交際相手から暴力の被害を受けたことがある女性は約22.7%にのぼり、デートDVの被害者は決して少なくありません。今後は、デートDV被害者をどのように保護するかも課題となるでしょう。