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慰謝料・離婚の法律用語集

裁量棄却[さいりょうききゃく] とは?

訴訟において法律上の請求原因が認められる場合であっても、裁判所が諸事情を総合的に考慮して請求を認めない判断を行うことです。離婚訴訟では民法第770条2項にもとづく裁量棄却が代表例です。

意味
弁護士 金岡紗矢香
弁護士 金岡紗矢香
解説

0.裁量棄却とは何か

離婚調停が不成立に終わり、最終手段である離婚訴訟へ踏み切ったものの、配偶者の不貞行為や婚姻関係の破綻など法定離婚原因があるにもかかわらず、裁判所の判断で離婚の訴えが認められないケースが存在します。

通常、裁判所は原告が法律上の要件を満たす事実を主張・立証した場合、その請求を認めます。しかし、法律上の規定により裁判所に裁量権を与えられている場合、請求原因が認められても個別具体的な事情を考慮して、その請求を棄却することがあります。

これを裁量棄却と呼びます。

ただし、裁量棄却は、裁判官が自由な感覚で請求を退けられるという制度ではありません。どのような場合に裁量権を行使できるかは法律で定められており、裁判所は条文の趣旨や過去の裁判例の判断の枠組みに沿って判断します。

代表例としては、株主総会決議取消訴訟における会社法第831条2項の規定や、離婚訴訟における民法第770条2項の規定があります。

この記事では、特に離婚訴訟における裁量棄却について弁護士が詳しく解説します。

裁量棄却についての図

1.離婚訴訟における裁量棄却の根拠

まず、離婚訴訟において裁判所は、民法に定められた4つの離婚原因(法定離婚原因)が認められるかどうかを判断します。具体的には次の4つです(同法第770条1項1号乃至4号)。

  • 配偶者による不貞行為
  • 配偶者による悪意の遺棄
  • 配偶者の3年以上の生死不明
  • その他婚姻を継続し難い重大な事由

以前は「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないこと」という法定離婚原因が定められていました。しかし、精神疾患があることそれ自体を独立の離婚原因とするのは不適切であるとの観点から、2026年4月1日の民法改正により、この規定は削除されました。

次に、法定離婚原因がある場合であっても、なお婚姻を継続させることが相当な場合には、裁判所は裁量棄却により離婚の訴えを退けることができます。そして、この条文が裁量棄却の根拠となります(同法第770条2項)。

なお、単なる夫婦間の性格の不一致など、法定離婚原因そのものが認められずに離婚請求が棄却される場合は、裁量棄却とは呼びません。

2.裁量棄却のような制度が存在するのはなぜか?

それではなぜ、裁量棄却のような制度が存在するのでしょうか。それは、法律の機械的な適用による不当な結果を防ぎ、個別具体的な家庭事情に応じて、実質的な公平や保護を図るためです。

たとえば、「一時の過ちで不貞行為を働いてしまったが、深く反省し、やり直すための誠実な努力を続けている」とか「離婚によって病気の配偶者や幼い子どもが深刻な生活困窮に陥ってしまう」といったような場合、形式的に条文を当てはめて即離婚とすると、家庭崩壊を招いてしまうからです。

そのため、条文上のルールと家庭の現実とのギャップを埋め、真に公平にかなう解決を導くための安全弁として裁量棄却という制度が機能することが期待されています。

3.裁判所が考慮する「一切の事情」とは?

民法上、裁判所は「一切の事情を考慮して」裁量棄却を行うことができる旨が規定されています。では、具体的にどのような要素を考慮して、婚姻の継続が相当であると、つまり、裁量棄却すべきであると判断するのでしょうか。

これまでの裁判例や実務上では、次のような事情が重視されます。

考慮される主な事情
  • 有責性の程度、反省の有無、改悛の態度
  • 離婚後の配偶者の生活保障や経済的な困窮への配慮
  • 未成熟子の有無と養育環境への影響
  • 別居期間の長さと婚姻関係修復の可能性

3-1.有責性の程度、反省の有無、改悛の態度

たとえば、不貞行為が理由である場合、それが反復継続的で悪質なものか、それとも、一過性の過ちであるのかが考慮されます。一時の不貞であり、すでに相手方との接触を完全に絶ち、離婚請求を受けた側が誠心誠意の謝罪と修復努力を示している場合、裁量棄却を検討する要素となり得ます。

3-2.離婚後の配偶者の生活保障や経済的な困窮への配慮

離婚により極端な経済的困窮に陥るかどうかも重要視されます。長年専業主婦(主夫)であった配偶者や、病気・障害を抱えているような配偶者に対して、離婚後の生活基盤に対する配慮、十分な財産分与や解決金などの金銭が提示されていない場合、裁量棄却を検討する要素となり得ます。

3-3.未成熟子の有無と養育環境への影響

幼い子どもがいる場合、離婚が子どもに与える精神的・経済的影響も「一切の事情」に含まれます。婚姻関係を維持することが子どもの福祉にとって望ましいと判断されるケースでは、裁量棄却を検討する要素となり得ます。

3-4.別居期間の長さと婚姻関係修復の可能性

当事者間に婚姻関係を修復できる可能性(まだやり直せる余地)が残されているかどうかが考慮されます。たとえば、過去に不貞行為があったとしても、その後長期間にわたり婚姻関係が修復され、安定した共同生活が続いている場合には、裁量棄却を検討する要素となり得ます。

反対に、別居が長期間続き、夫婦間の交流もなく、修復の可能性が失われているような場合には、単なる意地や一方的な拒否に過ぎないと判断されるでしょう。

4.「婚姻を継続し難い重大な事由」との関係

法定離婚原因のうち、民法第770条1項4号に定める「その他婚姻を継続し難い重大な事由」は同条2項に定める裁量棄却の対象として含まれていません。つまり、裁量棄却が適用できる場合は、同条1項の1号から3号までに限定されているという点に注意が必要です。

これは4号の事由で離婚を請求する場合、裁判所が婚姻関係は修復不能な程度に破綻していると判断すれば、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるという裁量を挟む余地がないからです。

この場合、婚姻関係が修復不能な程度に破綻していると認められなければ、離婚請求は棄却され、認められれば離婚成立となります。そのため、裁量棄却が実務上問題となるのは、1号から3号の離婚原因を主張・立証する場合となります。

もっとも、現在の離婚訴訟では、裁量棄却そのものが適用される事件は非常に少なくなっています。それは、離婚訴訟のほとんどが「その他婚姻を継続し難い重大な事由」により離婚を請求するからです。

5.裁量棄却に関する主な裁判例の紹介

上記の事情もあり、裁量棄却が正面から問題となった裁判例は多くありません。ここでは代表的なものを2つ紹介します。

5-1.最高裁昭和33年7月25日判決

この判決は、妻が「強度の精神病(旧民法第770条1項4号)」であることを理由とした離婚請求について、単に回復困難な精神疾患があるだけで直ちに離婚を認めるのではなく、病気の配偶者の療養、生活、保護などに関する具体的な方策と将来の見通しが必要であると裁量棄却した事例です(いわゆる、具体的方途の法理)。

この判決は「一切の事情」とは何かを初めて詳しく示した代表的な判例でしたが、2026年4月1日の民法改正により、強度の精神病が独立した法定離婚原因から削除されたため、現在はこの判例は直接適用されません。

ただし、病気の配偶者の健康、生活、経済状況、支援体制などが、離婚の相当性を考えるうえで重要な事情であることに変わりはなく、この考え方自体は現在でも引用されています。

5-2.名古屋地裁岡崎支部平成3年9月20日判決

この裁判例は、熟年離婚が争われた事案です。

妻は長年家庭内で不満を抱え、夫との婚姻生活に耐えられなくなり、離婚を請求しました。しかし、裁判所は夫婦間にはなお修復可能性があり、「幸せの青い鳥は遠くにいるものではない」として、妻からの離婚請求を裁量棄却しました(いわゆる、「青い鳥判決」)。

この判決において裁判所は、夫婦が長年同居しており婚姻共同生活を失っていないこと、子どもは既に独立していること、夫が離婚を望んでいないことを重視しました。かなり婚姻継続を重視した裁判例として知られています。

6.【補足】「棄却」と「却下」の違い

棄却とよく似た法律用語に「却下」というものがあります。両方とも訴訟の場面で使われる法律用語ですが、意味が異なります。

棄却とは、裁判所が請求内容を審理したうえで、原告の主張する請求原因や権利を認めない判決のことです。裁量棄却も判決ではありますが、原告の主張する請求原因や権利を認めたうえで、裁量により請求を認めない点が異なります。

その一方で、却下とは、管轄、当事者適格、訴えの利益、必要な手続などに問題があり、請求内容の当否に入らず訴えを不適法として終了させる裁判となります。わかりやすく言えば、手続上の不備による門前払いのことです。

7.まとめ

離婚訴訟における裁量棄却は「法定離婚原因がないから離婚を認めない」という判断ではなく、法定離婚原因はあるが「現在の具体的事情の下では離婚を認めるのが相当ではない」という判断になります。

自分の離婚請求が裁量棄却される可能性があるのか、相手方からの裁量棄却の主張に対抗できるのかについては、家庭内のさまざまな事情を総合的に考慮し、個別具体的に判断されるため、単なる法定離婚原因の有無だけで結論を予測することは難しいです。

話し合いによる離婚が困難で離婚訴訟を検討されている方は、早い段階で離婚問題に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。